滞在記 第4日目
(2019年5月27日 月曜日)


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注) 1ILS(イスラエル・シェケル)=約31円。


7:15にホテルを出て、10分ほど歩いて「HaNevi'im/HaRav Kook」バス停へ。 まずは1番のバスに乗って、糞門(Dung Gate)へ。
バスの正面の電光掲示板には路線番号が表示されているけど、1番バスがなかなか来ず。 7:40に電光が消えているバスが来たので、「回送か?」と思ったら、目の前に停車。 「もしかしたら1番バス?」と思って、運転手に人指し指を立てて見せたら頷いたので乗車。 「Dung Gateまで」って言って切符を購入、5.9ILS。 この運ちゃん、愛想のかけらもなし。

15分ほどで糞門を通過、着いたのは、嘆きの壁(The Wailing Wall)の南側のバス停。 南側から神殿の丘(Temple Mount)を見ると、こんな感じ。
グーグルマップのガイドに従って、鶏鳴教会(St.Peter in Gallicantu Church)へ。 ところが途中にあるゲートが閉鎖されていて、それ以上は進めなくなっていたので、来た道(急な坂道)を引き返す破目に。 確かに車の往来はあるけど、案内板が一つもなかったから、「変だな〜」とは思ってたんだけど。
8:20に着いたら、入口の門がまだ閉鎖されていたので、そのまま歩いて南へ。 すぐ先の左側に墓地があって、その入口に「TO OSKAR SCHINDLER'S GRAVE」の案内板が。 門を入って墓石を見ながら10分近く探したけど、見つからず。 すると丘の上の小屋で作業をしていた人がいたので訊ねたら、「ここではなく、一段下の敷地。 あそこの階段を下りて右へ進むと、小さな石が沢山置かれた墓が見えてくるからすぐに分かるよ」って、親切に教えてくれました。
「オスカー・シンドラー 1908年4月28日 - 1974年10月9日」。 ドイツ語で、「迫害された1200人のユダヤ人の、忘れられない命の恩人」と書かれてます。
1994年に公開され、アカデミー賞で7部門を受賞した、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画「シンドラーのリスト」のラストシーンが撮影されたのがここ。 ちなみに、スピルバーグはユダヤ系アメリカ人。
8:40に戻ったら門が開いていたので、坂を下って入口へ、入場料は10ILS。
教会へ向かう途中にある展望台から、エルサレム(Jerusalem)旧市街が一望できます。
大祭司カヤパ(カイアファ)の屋敷跡。 ゲッセマネで捕らえられたイエスが石段を通って連行され、尋問と拷問を受けた後、地下牢で最後の夜を過ごしたとされるのがここ。 ビザンチン時代のモザイクを見ながら、階段を下りて礼拝堂へ。
イエスは最後の晩餐の後、ペテロに対して「あなたは鶏が鳴く前に、三度私を知らないと言うだろう」と予言。 ユダの裏切りによって、ゲッセマネの園で捕らえられたイエスがここへ連行された際、弟子たちは皆イエスを見捨てて逃げ去ったけど、ペテロだけが屋敷の中庭へ忍び込んで、人々に混じって様子を見ていた時。 ペテロを見つけた一人が、「あなたもイエスと一緒だった」と言うと、ペテロは「私は知らない。あなたの言うことが何の事か分からない」と三度否定。 その直後に鶏が鳴いて、ペテロはイエスの言葉を思い出して号泣する。 これが、鶏鳴教会の名の由来。 正面祭壇の壁画に描かれているのは、イエスが尋問を受けている様子。
使徒や、最後の晩餐などのシーンも。
天井の十字架状のステンドグラス。 これは必見!
イエスが両腕を縛られて吊るされ、拷問を受けた縦穴と、最後の夜を過ごした地下牢。
下から見た教会。 古い時代の遺跡の上に、現在の教会が建てられてます。
19世紀に発掘されたこの石段は、2000年前のものであることが確認されており、イエスが歩いた道である可能性が高いとされているそうです。 石段の上には、その時の様子を描いた石版が。
歩くこと10分ほどで、ダビデ王の墓(Tomb of King David)に到着。 シナゴーグの中にあるので、入口でキッパを被って入場。 壮麗な墓なのかと思っていたら、ビロード布に覆われた石棺があるだけ。 墓の入口の壁にある輪が、馬を繋ぐものに似ていることから、ここは旅籠だったという異論もあるとか。
その2階にあるのが、イエスが処刑される前の晩に、弟子たちと食事をした場所と伝えられる、最後の晩餐の部屋(Coenaculum)。 レオナルド・ダ・ヴィンチの名作に描かれている場所とは、似ても似つかない質素な空間。
その隣にあるのがエルサレム最大の教会、マリアの永眠教会(Basilica of the Dormition Abbey)。 今まで見た中で一番素晴らしかったモザイク画は、パレルモ(Palermo)にあるパラティーナ礼拝堂(Cappella Palatina)だけど、ここも凄い!
床のモザイクも見事!
地下聖堂の中央には、桜の木と象牙で作られたマリア像が横たわってます。
三位一体や12使徒、12官などを描いた、こちらのモザイクも凄い! 地下聖堂は音響効果が抜群で、クラシック音楽のコンサートも開催されるそうです。 聴いてみたいな〜。
ダビデ王の墓の西側にある、ホロコーストチャンバー(Chamber of the Holocaust)。 壁一面を埋めつくしているのは、虐殺された人たちの出身地を記したプレート?
その他の展示物は僅か。
シオン門(Zion Gate)から城内へ入って、アルメニア人街を歩いて北上。 ヤッフォ門(Jaffa Gate)を出て、シティホール(City Hall)からLRT(トラム)に乗って、ヘルツルの丘(Mount Herzl)へ移動。 これがLRTの1回券。 切符を持っているだけじゃダメ、乗車したらすぐに改札機を通して要打刻。 もし検札に引っ掛かると、無賃乗車扱いになって高額な罰金を取られるので注意。
トラムを降りて歩くこと10分、ヤド・ヴァシェム(Yad Vashem。ユダヤ人大虐殺の犠牲者を追悼する国立記念館)に到着。 中は凄い人で、見学者の50%は徴兵中と思われる若い軍人、30%は課外授業中と思われる中高校生、10%は団体観光客。 その全てが20〜30人のグループに分かれて、至る所でガイドの説明を聞いているので、展示物に近づけなかったり、前へ進めなかったり。 朝イチで来れば良かった! ホロコーストの犠牲者たちの名前や写真を連ねた「名前の広間」以外、内部の撮影は禁止。
敷地内には、「諸国民の中の正義の人(Righteous among the Nations)」の1人として、杉原千畝氏を記念する植樹があります。 場所は、「チルドレンズ・メモリアル(Children's Memorial at Yad Vashem)」の裏側。 プレートには「SENPO」と音読みで書かれているけど、昔の外国人はこう呼んでいたらしい。
同じく敷地内にある、「ワルシャワ・ゲットー記念碑(The Warsaw Ghetto Monument)」。 本物(?)は、ワルシャワのザメンホフ通り近くの広場にあります。
LRTでヤッフォセンター(Yafo Center)へ移動して、昨日と同じレストランで、ちょっと遅いランチ。 シャクシューカ(煮込んだトマトとタマゴを使った、代表的なイスラエル料理)と、店主オススメの鶏肉ライスを発注。 ひよこ豆がタップリ使うのが、中東料理の特徴の一つ。 シャクシューカが25ILS、鶏肉ライスが50ILS。
今日は滞在中で一番の暑さ。 ホテルへ戻って一休みして、ベン・イェフダー通り(Ben Yehuda Street)で買い物して、再びホテルへ戻ってパッキング。
19時過ぎにホテルを出て、嘆きの壁を見下ろせる高台へ。
皆、大声で祈りを捧げているのか、場内は凄い喧騒!
ヤッフォ門から城外へ出たら、城壁にプロジェクションマッピングが。 なかなかのスケールで、しばし見学。
この後、シティホール(City Hall)からLRTに乗ろうとしたら、切符を買うのに手間取っている連中が沢山いて、その間に出発。 時刻表を見たら次は20分後だったので、諦めてホテルまでテク。 その甲斐あって(?)か、シャワーの後のビールが最高に旨かった!(笑)



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